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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)1077号 判決

原告 株式会社 辻和更生管財人 酒見哲郎

訴訟代理人弁護士 田中実

被告 京都中央信用金庫

代表者代表理事 西村清次

訴訟代理人弁護士 浦井康

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告は、原告に対し、金一二三〇万四九七六円と、これに対する昭和五六年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二  被告金庫

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  訴外株式会社辻和(以下更生会社という)は、昭和五四年七月二一日(以下月日で記載したときは、昭和五四年のことである)、会社更生手続開始の申立をしたところ、京都地方裁判所は、同日、弁済禁止、借入禁止を命ずる更生手続開始前の保全処分命令を発し、原告を保全管理人に選任した。

同裁判所は、昭和五五年三月二六日、更生手続開始決定をし、原告を更生管財人に選任した。

(二)  ところで、更生会社は、被告金庫と手形割引取引を行ない、別紙割引手形買戻し一覧表記載の四通の手形(以下1の手形、2の手形、3の手形、4の手形といい、その全部を本件手形という)を、同一覧表の各割引日に被告金庫に割り引いて貰った。

しかし、被告金庫は、同一覧表の各買戻し日に、本件手形を更生会社に買い戻させ、更生会社から、本件手形の額面合計金一二三〇万四九七六円を受け取った。その方法は、更生会社から、「割引手形買戻申込書」を徴し、更生会社振出の小切手によって決済された(以下本件買戻しという)。

この更生会社の被告金庫に対する本件買戻しは、買戻代金支払債務の履行として、債務の本旨弁済に当たる。

(三)  更生会社は、更生債権者及び更生担保権者(以下債権者らという)を害することを知って、右本旨弁済をした。

そこで、原告は、会社更生法(以下法という)七八条一項一号によって、本件手形の買戻し及び買戻代金の支払を否認する。

仮に、同号によって否認できないとしても、更生会社の本件買戻しの行為は、更生会社が支払停止の三〇日前にした債務の消滅に関する行為であって、更生会社の義務に属しないものであるから、法七八条一項三号によって否認する。

(四)  結論

被告は、原告に対し、金一二三〇万四九七六円と、これに対する本件訴状が被告金庫に送達された日の翌日である昭和五六年七月一六日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告金庫の答弁と主張

(認否)

(一) 本件請求の原因事実中(一)、(二)の各事実は、認める。

(二) 同(三)の主張は、争う。

(主張)

(一) 更生会社と被告金庫との取引約定書六条(以下六条という)には、「割り引いている手形のうち、ある振出人、引受人が不渡等をしたときは、その者が振出、引受をしている手形を買い戻す」という趣旨の規定がある。この規定は、その者が振出、引受をしている手形が複数あれば、その全部を買い戻すことを意味する。

さて、本件手形のうち1ないし3の手形の振出人は、訴外きさく商事株式会社(以下きさく商事という)であるが、きさく商事は、1の手形を不渡にして七月九日倒産したのであるから、1ないし3の手形は、六条の規定により、更生会社に買戻しの義務が発生したことになるし、4の手形の振出人である訴外斉藤株式会社(以下斉藤という)は、同月三日破産申請をしたのであるから、これ亦六条の規定により、更生会社に買戻しの義務が発生したことになる。そこで、更生会社は、自らの義務の履行として、本件買戻しをした。

(二) 更生会社は、他の債権者らを害することを知らなかった。すなわち、

更生会社は、七月一〇日、同月二〇日、小切手で本件手形の買戻代金を支払ったほか、小切手の支払が、同月九日に五〇〇万円が二回、同月一一日に三〇〇万円、同月一三日に三〇〇万円、同月二一日に二一万九〇〇〇円があり、これらの支払は、なんらの問題がない。したがって、本件買戻しの代金の支払としての小切手の支払を、「害することを知って」されたというのは、不自然である。本件買戻しが、本旨弁済であることを考えたとき、尚更である。

(三) 被告金庫も、他の債権者らを害することを知らなかった。すなわち、

被告金庫の職員は、更生会社の経営悪化を全く知らず、更生会社も、秘匿していた。したがって、被告金庫は、保全処分命令のあった七月二一日まで、通常の取引を続けた。

被告金庫の更生会社に対する総債権は、三億五〇〇〇万円で、そのうち結果的に不渡となった手形は、一億二〇〇〇万円であり、割引手形買戻請求債権が、金五八五一万二六六九円あった。被告金庫は、更生会社の経営悪化を知っていれば、本件手形以外の手形の買戻しもさせていた筈である。

「信用情報」が、更生会社の危機を報道したのは、七月二三日である。被告金庫は、この信用情報によって、情報の収集をしていたもので、それ以上の調査は、不可能である。

(四) 本件買戻しによって、他の債権者らが、害されたことはない。すなわち、

本件買戻しは、更生会社の当座預金から支払われたが、これがなかったとすれば、被告金庫にある右当座預金の残高がそれだけ多くなった。しかし、七月二三日の右預金の閉鎖時に、これを相殺に供して被告金庫の更生会社に対する貸金の弁済に充当され、結局、更生会社の財産としては、増減なしということになる。

三  原告の反論

(一)  被告金庫が、他の債権者らを害することを知っていたことは、次の事実から明らかである。

1 被告金庫の長田常務理事が、更生会社の倒産直前に更生会社を訪れ、担保を要求した。そうして、更生会社の役員でない訴外角田仁助の家屋を担保にとった。

2 更生会社は、本件買戻しの代金捻出のため手形割引依頼書を被告金庫に提出したが、被告金庫は、まだ倒産していない訴外高坂株式会社、同平安商事株式会社が振り出した約束手形二通を除外した。これは、被告金庫が、更生会社に危機感を抱いて、不渡の虞れのある手形を除外するためである。

3 本件手形のうち、期日の到来していたのは、1の手形だけであるから、1の手形が買い戻されれば足りたのに、期日末到来の2ないし4の手形の買い戻しまでさせた。

4 室町一帯の繊維関係会社は、五、六月ころ、相次いで倒産したため、附近一帯の関連業界は、信用不安に陥った。被告金庫は、室町の呉服問屋筋約三〇〇ないし三六〇社と取引をしていたのであるから、この信用不安を逐一知り又は知りうべき立場にあった。被告金庫は、更生会社の危機を知って、本件買戻しをさせたのである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件請求の原因事実中(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  同(二)について判断する。

(一)  右争いがない事実や、《証拠省略》によると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  更生会社は、昭和一七年に設立された京染呉服、和装小物、和装二次製品、帯等の卸売並びに小売販売を業とする会社(資本金二億円)で、昭和五三年度の売上は、八六億円にも達し、室町では、優良会社との評価を得ていた。

しかし、内部的には、経営上幾多の問題をかかえていた。すなわち、①一〇年以上にもわたる粉飾決算の継続、②きさく商事や、子会社である訴外株式会社創匠苑(代表者が、更生会社と同じ訴外林秀、以下創匠苑という)に対する商社(訴外三菱商事、同余商又一)を介在させたいわゆる商社金融の方法による多額の資金流出、③創匠苑、きさく商事、訴外聖光有限会社に対する多額の資金貸付、④更生会社のグループといわれる創匠苑、聖光有限会社、平安商事株式会社、高坂株式会社、訴外富士忠株式会社などとの融通手形の濫発、以上がそれである。もっとも、これらの全貌は、更生会社が、七月二一日、会社更生手続開始の申立をした後になって判明したことであり、更生会社は、これらのことを、ひたかくしにしていた。

(2)  被告金庫は、昭和三九年ころから更生会社と取引をはじめたが、昭和五三年ころの手形割引枠は、三億五〇〇〇万円であり、林秀がこれに個人保証をしていたほか、不動産を担保にとることをしていなかった。

(3)  更生会社は、三月二七日、被告金庫に対し、手形貸付の方法によって八〇〇〇万円の融資申込をし、併せて、手形割引枠を五億円に増枠することを要求した。

被告金庫は、更生会社の毎期売上、収益とも順調に推移しており、将来性があるから、融資申込に応じても安全であるとの判断に達したが、ただ、更生会社から割引に持ち込まれる商業手形が、聖光有限会社、平安商事株式会社、高坂株式会社の三社に集中しないよう取り扱う方針をたて、一社三〇〇〇万円内にすることにした。したがって、被告金庫は、これらの会社が振り出す手形のうち融通手形があることを知らず、商業手形であると考えていた。

(4)  室町業界では、アウトサイダー的働きをしていた訴外水野正株式会社が、八七億円の負債をかかえて、六月二七日、和議申請をしたが、その関連で訴外丸越株式会社が、八〇億円の負債をかかえて倒産し、水野正グループ、丸越グループは、連鎖倒産し、室町には、信用不安の風が吹き荒れた。

訴外織研株式会社は、五月三一日倒産したが、その影響を受けて訴外株式会社中央が、同日倒産した。このため、きさく商事が、七月九日、不渡りを出した。

被告金庫は、きさく商事が不渡りを出したことを知り、きさく商事が振り出した1ないし3の手形を、六条によって買い戻すよう要求した。

更生会社は、これに応じ、更生会社が七月六日に被告金庫に割引依頼をしていた廻り手形一〇通を七月一〇日付で被告金庫に割り引いて貰い、その金額に見合う小切手を振り出すことによって、買戻し代金に充当した。

この七月六日付割引依頼書には、高坂株式会社と平安商事株式会社とが振り出した手形各一通の記載があったが、被告金庫は、前述した一社に集中させない方針に従って、この二社の手形の割引をしなかった。

被告金庫は、このとき、4の手形を振り出した斉藤が、七月三日、自己破産の申立をしたことを、七月四日付信用情報で知り、更生会社に4の手形の買戻しを要求したが、更生会社にその資金がなく、七月二〇日、その買戻しをした。その方法は、七月一〇日のそれと同様である。したがって、被告金庫は、七月二〇日、更生会社のため、4の手形金額相当額の融資をしたことになる。

被告金庫は、本件手形の買戻代金の融資のほか、七月九日五〇〇万円二回、同月一一日三〇〇万円、同月一三日三〇〇万円、同月二一日二一万九〇〇〇円を更生会社の当座預金口座から支払って、更生会社が振り出した小切手の決済をした。したがって、七月二一日まで、通常の取引が継続されたことになる。

そうして、被告金庫は、本件手形の買戻しを要求したものの、その他の割引手形の買戻しまでは要求しなかった。その結果、割引手形買戻請求権は、最終的に五八五一万二六六九円になり、被告金庫は、他の債権とともに、約七〇〇〇万円の更生債権届出をした。これに対し、原告は、異議を述べなかった。

(5)  被告金庫は、室町の前記信用不安に対処するため、林秀の個人財産に担保をつけるよう要求し、林秀の承諾をえたが、その個人財産には協和銀行の抵当権をつけることが約束ずみであった関係上、七月九日、訴外角田仁助の個人財産に根抵当権をつけることができた。したがって、きさく商事が倒産する前にこの手続は終った。

被告金庫は、このとき、更生会社に対し、手形貸付八〇〇〇万円、手形割引二億七〇〇〇万円以上の債権があったので、この根抵当権の極度額を八〇〇〇万円とした。

(5)  協和銀行、富士銀行、京都銀行は、七月一七日、更生会社の経理帳簿の閲覧要求をし、滋賀銀行は、七月一二日、一億〇四七九万三〇〇六円の手形買戻しをさせたのをはじめとして、その他の金融機関が、七月九日以降約二億五〇〇〇万円もの手形買戻しをさせたうえ、手形割引を拒否した。そのため、更生会社は、七月二三日を期日とする手形の決済資金五億〇九〇〇万円を調達する目途がつかなくなった。

そこで、更生会社は、七月一七日取締役会を開き、同月二一日会社更生手続開始の申立をした。

このことは、七月二三日付信用情報に登載されたほか、同月二二日(日曜日)付京都新聞にも報道された。

被告金庫の担当者は、七月二二日又は二三日にこのことを知ったが、それより以前に更生会社が危機にあることを、正確に承知していなかった。

(二)  以上の認定事実からすると、次のことが結論づけられる。

(1)  本件買戻しは、きさく商事が七月九日不渡りを出したことから、六条に基づく更生会社の取引契約上の義務としてなされたものである。

(2)  被告金庫は、本件買戻しがなされた七月一〇日又は同月二〇日当時、更生会社が倒産寸前であることを知らなかったし、本件買戻しによって、他の債権者らを害することを知らなかった。そのことは、次のことから明らかである。

(ア) 更生会社は、粉飾決算や融通手形の濫発、子会社などに対する多額の資金流出の事実を、秘匿していたので、被告金庫は、将来性のある有望融資先と考えて担保もとらずに、三億五〇〇〇万円の手形割引枠を設けて取引をしていた。したがって、更生会社が、経営不振に陥るとは考えてもみなかった。

(イ) 被告金庫は、本件買戻しのほかに、割引手形の買戻しを要求しなかった。これは、きさく商事が倒産しても、更生会社にその直接の影響が及ぶとまでは考えていなかったからである。

(ウ) 室町業界に信用不安の風が吹き荒れ、その影響を心配した被告金庫の職員は、林秀に担保を要求し、角田仁助の不動産に極度額八〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、その手続は、きさく商事が不渡りを出す七月九日より前に終っている。

(エ) 本件買戻しの方法は、被告金庫が更生会社の廻り手形を割り引く方法でなされたが、そのため、被告金庫は、新たに更生会社に融資する方法をとった。

(オ) 被告金庫は、この融資のほか、七月二一日まで、通常の取引を継続し、更生会社の当座預金口座から、更生会社の小切手が支払われた。

(カ) 更生会社が経営上行きづまったのは、七月九日、きさく商事が不渡りを出したため、金融機関が手形割引を拒否したり、手形の買戻しをさせたため、資金の枯渇が生じたからであるが、被告金庫は、本件買戻しのほか、更生会社に対し、格別の要求を出したり、資金を引きあげたりしたことはなかった。

(キ) しかも、本件買戻しは、六条に基づく日常業務としてなされたもので、更生会社の倒産必至を予見して要求されたものではない。

(ク) 他の金融機関は、積極的に更生会社の帳簿閲覧要求の挙に出たり、全割引手形を買戻しさせたりしたが、被告金庫は、そのような行動を起さず、更生会社の倒産を知ったのは、会社更生手続の申立後である七月二二日又は同月二三日であった。

(三)  そうしてみると、本件買戻しは、法七八条一項一号、三号によって否認される場合には該当しないとするほかはない。

三  まとめ

原告の本件請求は失当であるから棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(判事 古嵜慶長)

〈以下省略〉

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